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Saturday October 24 2015 category:

悪夢機械

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※Amazonリンクの画像が小さすぎ
 H・R・ギーガーの表紙、薄暗いところで見ると本を思わず投げ飛ばしそうになるぐらい、薄気味悪い…
 明るいところで見ると、なにが怖いのか伝わりにくいけど
 まさに悪夢(笑)

P.K.ディックの短編集。
昔は新潮文庫とかでもディック(というかSF)出版してたんだなー。
ディックのほかの邦訳短編集とかぶらない(出版当時)、という基準で選出された短編10篇。


以下、これ以上ないというくらい、オチについて言及しているところがあります。
(基本短編ではオチは書かないよう留意しているのですが、今回どうしても無理だった…)
これからディック読むよー、という方はご注意ください(´・ω・`)


訪問者(Planet for Transients)
核戦争後、3世紀ほどたった未来。
炭鉱に逃げ込んだ人間の子孫が、ほかの生き残りの人間を探す話。
まったく別の世界へと変貌した地球の描き方が魅力的。
そしてそこに適応したミュータントたちの描写も。

細かいところで疑問がよぎるのだけど(ロケットの燃料はどうしたとか、テラフォーミング技術あるのかとか)、些末な問題。
原種の人類の黄昏の描写がすべてなんだ…

この話を読んでいると、『渚にて』を思い出す。
けど、これに絡めて感想を書きだすと終わりそうもないので、また次の機会(があったら)。


調整班(Adjustment Team)
呼び出し係の居眠りで、「8時15分が寄越すはずだった<車に乗った友人>」のかわりに「8時16分が寄越したのは<保険の勧誘員>」。
9時までには調整区域に入っていなければならなかったエドは、大幅に遅刻したために見てはいけなかったものを見てしまい、パニックに。
という話。

調整中は、区域内のすべてのものの時間が止まり、何もかもが灰色に、灰色のかたまりになっている。
人もビルも、さわれば砂のように崩れる灰色のかたまり。
灰色の砂…というのは、『ユービック』にもなかったっけ?
と思ったので、次は『ユービック』を読みます(*'▽`)

調整者の正体はうーん…平凡なのだけど、呼び出し係のアイディアがね!
呼び出し係というのが裏庭で飼われている犬なんだけど、これが秀逸だよね。
どうにか脱力化(調整中の状態)を回避したんだけど、「あのパニックのあと、なにやってたの?」という奥さんの追及からは逃れられそうもないエドを救ったのは…呼び出し係が呼んだ(と思われる)<掃除機のセールス>。
今度は寝なかったのね、というのがとても好き(笑)
めずらしく(?)、明るく終わるってのもたまにはいいよね。


スパイはだれだ(Shell Game)
パラノイアの思い込み…?を描いた話。
原題のShell Gameというのは、直訳すると『いかさま賭博』とか『詐欺』みたいな意味らしく…
それを知ると、この話がより一層わかりやすい気がします。
気がするだけなんだけども。

この短編は後に長編『アルファ系衛星の氏族たち』と発展していったということですが、『アルファ系…』を読んでいないので何とも(;'∀')
そのうち手に入れよう…

しかし、これ何回読み直しても、テストの件が理解できない…
AとB、最終的に答え合わせする必要はなかったの?
というか、どうして"全員の答えが一致した"ら正気で理性的だということになるの?
もしかして、そのあたり全部がパラノイアたる所以ってことなの?
ぜんぜんわからん…


超能力世界(A World of Talent)
プレコグ(予知能力者)×プレコグの子供、ティムの言うところの"かげぼうし"の正体がわかるところがもうね、素晴らしい。
ほんとの<ひだり>がどうしてあんなところにつかまってたのかは謎だけど。

本物のプレコグ同志を掛け合わせた場合の子供の能力は…?と理由のみで結婚したと思わしき(もうほぼ破綻している)夫婦と、その子供であるいまだ能力の発現のないティム。
ティムには奇妙な癖があった…"かげぼうし"とティムが呼ぶところの何かを探して回る癖。

母親であるジュリーは、その破綻しつつある結婚生活と、ティムの奇矯な癖と能力の未発現に追い詰められている。
いや、もしかしたら、ティムを半ば許せないように思っているのは結婚生活の不幸さゆえかもしれない。
彼女は結婚当初、夢や希望を持っていた、と吐露する。
それはすばらしい子供を得る可能性にだけではなく、夫カートとの生活にもあったのじゃないのかな。
対してカートは、どうも義務感だけだったような感じ。
少なくとも、先に感情が擦り切れたのはカートという印象。
いやこれは結婚生活を続けるのは苦痛でしかないよね、ジュリー。

で、カートはパットを見つける。
パットは植民星に住む反プレコグの能力者(予知が利かない)であり、カートの恋人。
反能力者というクラスを認めるべきだ、とカートは主張するが、それを望まない反動者によってパットは殺される。
蘇生もできないほど完全に殺されたパットを抱え、ティムを連れてカートはパットの生まれ故郷プロキシマ第6惑星へ行く。
そして…

という感じの話なんですが(長くなった)、ティムが秘密(かげぼうし=未来や過去の自分)を打ち明けても、カートの興味は基本パットを生き返らせることだけ。
恋人を殺されたらさもありなんという感じですが、ティムは「同情とか言われても…ぼくの母はジュリーですし…」とか言って取り合わない。
あージュリーはやっぱり子供を愛してたのね…とか思うのは感傷過多すぎるかしら。
でもさらに言い募る父親に根負け?して、ティムはいろんな時間線を見渡して「生きているパット」を探す…

『ぼくは彼女が盤上のどこにいるのかをおとうさんに見せられない。それに、おとうさんの人生は、ほかのどこでも空白だ、ただひとつの時間線のほかは』
ってティムが言うのだけど、私はこれは、

 ・パットが生きている別の時間線もある
 ・この時間線(物語がたどってきた時間線)以外では、カートはどこかのタイミングで死んでいる(空白=カートの死)
 ・なのでパットに会うのは無理

っていうように読んだんだけど、それだと「パットが生きてカートの腕に飛び込んでくる」ってのに続かないよね…
これは、途中(パットの屍をなくしたあたりか上記科白の直後あたりにでも)、ティムがカートを今までたどってきたのとは別の時間線上に連れて行ったってことなの?
(この場合、"おとうさんの人生の空白"ってのは、パットの不在を意味している)
でもそれじゃ、「盤上のどこにいるのかを見せられない」に矛盾してない?
そうでもない?
それとも「時間線を俯瞰させることはできないけど、連れて移動することならできる」ってことなの?

最後の最後で謎が…(´・ω・`)
理解力足りないとつらい…


新世代(Progeny)
地球では親世代のバイアス(偏り)が、子供に伝わらないよう、親からは離してロボットに養育させるようになっている。
また、子供の能力に見合った早期教育が実施され、かなり早い時期に進むべき専門分野が決められる。
そういった環境で育てられた子供と、いまだその習慣のない植民星で働く父親とのすれ違いを描いた話。
父親は、息子と触れ合いたいし、自分の仕事を見てほしいと願っている。
しかし、子供はそんな父親を間近で見て「ある刺激臭」しか感じていない。
刺激臭は「生物学実験室の動物」のにおいだとロボットの教師に告げて、彼ら(子供と教師)はひそかに笑う。

多分これ、やり過ぎはよくないというか(貧弱なまとめ)、そんな感じの警告的な話なんだろうと思うけれども。
いやこれお父さん無理…とか思ってしまう、2010年代の私(笑)
(書かれたのは1954年)
考えたら人間的感情のない(バイアスのない)子供も無理だけど、お父さん強引過ぎてついていけない。

ロボット(今よりもう少し進化した)に子供を養育させたら、本当に人間的感情の希薄な子供に育つのかしら?
一生わからない問題だな(わかったら怖いし…)。


輪廻の車(The Turning Wheel)
5世紀続いた狂気と混乱の「人間が、自分の手で運命を握ろうとした時代」が終わった後、機械文明は衰退し、奇妙な″有色人上位の″宗教が蔓延する時代。
輪廻が信じられ、次になにに生まれ変わるのかを見ることができる機械?も存在している。

主人公のスン・ウー導師の来世は、粘泥の世界にうごめく腹の青光りした蠅。
友人の妻に横恋慕した結果で、それはそう遠い未来の話ではない。
彼はひとりその苦悩に耐えている。
そして彼は、秘密結社「ティンカー教徒」を探りに、僻地へ遣わされる。
そこで見たのはティンカー教徒の真実、彼らの大多数はテクノと呼ばれる技術者(身分制では最下位)で、輪廻や身分制を強いる宗教から離れ、もっと科学的な生活基盤を築こうとする人々であるということだった。

彼の予言された死因は(おそらく)チフス(と思われ)、ティンカー教徒によってペニシリンを与えられて物語は終わる。

この話のいちばんの謎は 来世を見ることのできる機械ってどういうの? ってやつです。
どういう原理で動いてるんだ…
しかもほかの機械は次々壊れていってるっぽいのに、それだけまともに動くのはどうしてなんだ。
っていうか、それ本当に来世なの…?

しかし、それはわりとどうでもいい部類のことで、「白人上位の人種差別を裏返しにした有色人種上位の宗教」が興味深い感じ。
蒙昧無知でね、読んでいていやーな感じ。
だから有色人種はダメなんだ…という差別を書きたかったの?とか、穿った見方をしたくなるけれども、ディックとしては、テクノロジー万歳、進歩へ向かう意気込み大事ってのが本当に書きたかったことじゃないかと思うのです。
衰退した文明下で、過去を知る人々がまた″些細なことから″立て直し始める、っていうのも繰り返し出てくるモチーフ。


少数報告(The Minority Report)
映画『マイノリティ・レポート』の原作となった短編。(観たことないの…)

あまりの能力の大きさに人格すら消え去ったプレコグ(予知能力者)3名がつぶやく犯罪予告の報告に基づき、未然の犯罪を理由に″犯罪者候補″を逮捕・拘束できるようになった未来。
重大な犯罪(殺人など)が起きなくなって久しい社会。
この犯罪予防局のシステムを考え、作りだした現警察長官アンダートンその人が、殺人を犯すという予言がもたらされる。

なぜアンダートンは(近未来に)殺人を犯すのか?
その動機は本人にすらわからない。
この予言システム自体が信頼できないものだったのではないか?という疑問から始まり、状況は二転三転していく。
プレコグの予言は正しい、ただし、3名のプレコグはそれぞれ微妙に異なった時間軸に沿った予言をしていたのだ…という気付きがあり、話は一挙に収束していく。
アンダートンは殺人を犯し、遠い植民惑星へ流刑となる。
この少数報告の事例は、予言をじかに見ることのできる人物のみに限って起こることである、次は君かもしれないと、新警察長官に予言めいたセリフを残して物語は終わる。

てなあらすじなのですが、ディック特有の『何が何だかわからないのだけど、ものすごいスピードで物語は進んでいく』といった感じの話です。
プロットの破綻とか、スピードに巻き込まれて気づく暇ないよ。
どのあたりが破綻してたんだろ?

おもしろかった!
確かに映画むきかも。
どういうあらすじに仕立てたのかなあ…今度観てみよう。


くずれてしまえ(Pay for the Printer)
核戦争後の未来。
戦争末期に使われた爆弾の閃光に引き寄せられてやってきた、宇宙人ビルトングたち。
彼らにはコピー能力があった。
失われて製造法のわからないさまざまな生活必需品や食料品のコピーを、彼らは黒い灰と体液とを混ぜ合わせて作る。
人間の生活はビルトングに完全に依存していたが、ビルトングたちはみな、死にかけていた…

死にかけのビルトングは不完全なコピーしか作れないのだけど、人間たちはそれに対してめちゃくちゃ怒ってるのです。
それがもう本当に怖い。
ビルトングたちが対価を要求するでもなく、ただ何となく求められるままにコピーを作り続けてきたのが原因といえば原因なのかもしれないけど、この一方的に搾取する構図にほぼ誰も疑問を抱かず、むしろ死にかけるビルトングが悪いのだという人間の態度がね…

しかし、人類としてもビルトングがいなくなったからといって簡単に滅亡の道をたどるわけでもなく、自分たちにできることから始めて生き延びよう…という一派の存在が明らかになって話は終わる。
ここでもまた、衰退した文明から進歩していこうとする人々のモチーフ。
ビルトングのコピー能力を利用するだけ利用して、人類は滅びました。 という話では後味が悪すぎなので、ここで一抹の希望は感じるけど、でも結局ビルトングは利用されただけなんだよね。
生き残りのビルトングが、繁殖できそうな星を見つけに旅立っていくことを切に願います。


出口はどこかへの入り口(The Exit Door Leads In)
有無を言わさず入学させられた大学で、一方的にあるテストにかけられ、不合格となって退学させられる男の話。
もう本当にこれだけの話で、え?と思っているうちに終わった…

テストというのが『権力に抗うだけの資質はあるか』っていうもので、抗わずに従った主人公は失格になるのよ。
これ大方の日本人は不合格になりそうかも…?
でも、権力に逆らうことがすべてを凌ぐほど素晴らしい資質なの?
確かに独立不羈の精神がなければ、研究は成し遂げられないのかもしれないけど…
けど最初に能力があってこそじゃないのかと思うのは、変なのか…?
アメリカ人が読んだら、「おー!そうだそうだ!抗うの大事!!」ってなるのかしら。
それともやっぱり「そこで選別する意味わからん」になるのかしら。


凍った旅(Frozen Journey)
十年かけて植民惑星へ飛ぶ宇宙船の客は、冷凍睡眠の状態で運ばれるはずだった。
しかし、ただ一人冷凍が不十分な客がいて、脳の活動が完全に停止していなかった。
船の管理システムは男が取り返しのつかない精神疾患を負う前に、脳(記憶)に介入してその記憶を用い、常に感覚刺激を与え続けようと試みるが…

その男というのが、おっそろしいほど幼児期のトラウマにとらわれ続けていて、どんなに楽しい記憶も最後はそれでダメにしてしまうので、うまくいかない。
仕方なく船は、植民惑星に着いてからの楽しい瞬間を繰り返し繰り返し想像させるのだけど、これもトラウマのせいでうまくいかない。
男の別れた古い女房を植民惑星に先回りで着くよう呼び寄せ、せめて到着後の精神の崩壊を最小限に食い止めようとするのだけど…
想像できるとおり、本当に到着した後も、これもまた繰り返しの夢なのだとかたくなに信じる男。

まさに悪夢…

といったところでこの短編集は終了。
個人的にはそのうち固執状態から戻れるんじゃないのー?と思いましたが、ディックだし、彼は死ぬまであのままなのかも。
幼児期のトラウマ怖い。



悪夢機械 (新潮文庫)

悪夢機械 (新潮文庫)

  • 作者: フィリップ・K. ディック
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1987/12
  • メディア: 文庫



やっぱり「超能力世界(A World of Talent)」がいちばんだなー。
でかぶつ(最強の念動力者)とか、サリー(でかぶつを恐怖で従える少女)とか、ジュリーとかティムとか、魅力的な人物がたくさん出てくる。
パットは全然ジュリーの話聞いてないし、カートはもうちょっとジュリーと向き合ってやれよ的に、みんな生き生きと生きていておもしろいです(*'v')
タグ:Ringo Books SF

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